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「あの、琴宮春さんですよね」
 レジに紙パックの牛乳をことんと置いた少女を、僕ははっとしながら見上げた。
 もう二度と見ることのないと思っていた顔がそこにある。懐かしくて、嬉しくて、涙が出そうになった。それでも小さな違和感を感じるのは、彼女が僕に向ける視線や表情が、前とはどこか違うものに見えるからだ。
「アキ――」
「サキです。冬木沙希」
「……そう、だね。はじめまして、沙希さん」
 訂正されて肩を落とす。そうだ、彼女はもうアキじゃない。冬木沙希という別の人間だ。アキに会う事はもう無いのだろう。
「調子の方はどう?良くなってるなら、嬉しいよ」
「記憶は順調ですけど。受験ってなんであんなに面倒なんでしょうね」
 頭がパンクしそうですよ、と彼女は疲れたような溜め息を吐いた。今日も塾の帰りで、これから家に帰るとまた勉強漬けという毎日を送っているらしい。
 僕と彼女以外に誰もいない店内は静かだった。このコンビニは、客が来ない時は本当に誰も来ない。人を寄せ付けないオーラでも放っているなら嫌だな、と思うけれど。
 彼女は少し躊躇うように口をつぐんだ。何か言いたい事があるからこそ、今日ここに来たんだろうから。僕から彼女の元に足を運んだ事は一度も無かった。
「春さんに、伝言があって」
「……ん」
 小さく頷く。それを断る理由は無かった。
 冬木沙希も、僕の頷きに合わせるように小さく微笑む。