人間の脳味噌っていうのは、自分勝手だ。
私が家に帰って1週間になるけれど、もう生活に支障はないほどに私の症状はあっけなく回復していた。もっと早く帰ってきていればこんな苦労もしなくて良かったのにな、と目の前に溜まった課題の山をうんざりと眺める。受験を控えた高3のこの時期に家を空けていたのは、正直かなりイタかった。
――あの日、私がこの家に帰ってきた時の事を思い出す。
今考えれば信じられない事だけど、もう何年も暮らしているはずの自分の家の事を私は知らない場所だと思って恐れていた。家どころか、兄の誠一の事すら覚えていなかったのだから笑えてしまう。あんな嫌な奴の事を忘れられるなんでおめでたい事だ。
でも、私が琴宮春と一緒に暮らしていた間――何日だったか何週間だったか、それとも何ヶ月かはあまり実感が無かったから分からないけれど――の記憶なんていうのは、私が生きてきた一生の内じゃ本当に短いもので。何とか自分の部屋を探し出した後、見慣れたベッドやぬいぐるみなんかを眺めてみると、実にあっけなくそれにまつわる思い出が頭の中に思い浮かんでくるのだ。
一度コツを掴んでしまえばこっちのものだ。部屋を、家を、ずっと休んでいたらしい学校も、目にする度に無くなっていたパズルのピースをぱちりとはめ込む事が出来る。あっという間に『冬木沙希』の復活というわけだ。
琴宮春の事を考えた。あの雨の日に私を拾った男の事だ。
私は、家族とあまり良い関係を築いていない。冬木家はそこそこお金を持った家だけれど、そこでの私の地位は笑えるほど低い。
兄の誠一は父と母の息子だけれど、私は父としか血が繋がっていない。つまりは父の妾の子供だ。この家には、小学生の時にお母さんが死んでしまったせいで仕方なく引き取られた。