ほら、こんな風に頭を抱えて座っている場合じゃないじゃないか。
やる事がたくさんある。元通りの部屋になるように片づけて、掃除をして。
「……元通りってなんだよ」
喉から絞り出すように呟きながら、ふと視界が滲んでいるのに気付いた。目からぽろぽろと涙が零れてきて、テーブルの上に水滴が落ちる。
元通りなんかじゃない。それだとまるで、彼女との生活を綺麗さっぱり忘れて、無かった事にするみたいじゃないか。
「なんで、僕は彼女を帰したんだよ……」
その選択が正しかった事は分かってる。彼女には彼女の居場所があるのだ。僕が横から軽々しく手を出して良いものじゃない。あの男だって、あまり良さそうな人間には見えなかったけれど彼女の家族である事に間違いはないのだから。帰るべき家があるならそこにきちんと帰すのは当たり前だった。
それでも、部屋のどこを見ても彼女の事を思いだしてしまうのが辛かった。いるはずのない人間をつい目で探してしまうのが辛かった。
僕は、彼女にずっと傍にいて欲しかったんだと思う。
愛しているだとか、そういう感情かどうかはよく分からない。でも、心の深い部分で僕が彼女に安らぎを覚えていたのは確かだった。
家の中が、空っぽになって。
自分以外に誰もいない独りの部屋で、僕は寂しさで心臓に穴が開いたようになりながら、どうか彼女の記憶が早く元通りになりますように、とそれだけ願う。
彼女がアキではなく冬木サキに戻れた姿を、僕が見ることは無いんだろう。
――さよなら、僕の好きな人。