家までどうやって帰ってきたのかも、よく覚えていなかった。
ただひたすらに頭が痛くて、心臓が押しつぶされそうで、何も考えられなかった。
よくもまあ事故に遭わなかったものだなと思う。いっその事消えてしまった方が楽なのかなとも思ったけれど。
「あ、春くんおかえり。遅かったじゃん、お腹空いたー」
「……ただいま」
頬を膨らませて出迎えるアキに呻くように返事をする。やっぱり、さっき写真で見た顔と、同じだ――
僕はどうしたらいいんだろう。僕には僕の家族と思い出があって、それは良い思い出も嫌な思い出も、どちらにしろかけがえのないもので、でも今のアキにはそれが無くて、だからそれを僕が取り戻してあげないといけなくて。
「春くん?ちゃんと聞いてる?」
「……具合が、悪いんだ。何か一人で食べてて。僕はもう寝るから」
「え、ちょっと春く――」
アキを押しのけるようにして寝室に戻る。一人になりたかった。ベッドの上で身体を抱え込むように丸くなって布団を頭からすっぽりと被る。
何か心配そうな彼女の声が聞こえたけれど、意識的にそれをシャットアウトして聞こえないふりをした。アキが悪いわけじゃないのに、こんなの間違ってるとも思いながら。
彼女と二人でいるのは楽しかった。すごく居心地がよかった。
一緒にだらだらとテレビを見ながらくだらない話をして、僕が少しからかうとムキになって怒ってくる彼女が面白くて、つい調子に乗りすぎて喧嘩になった事だってあったけれど、彼女と一緒の生活にはまるで全力疾走でもした後みたいな清々しさがあった。
でも、きっともうそれは終わる。
最初から分かり切っていた事なのに、そんな生活がずっと続くなんて夢を見ていた。彼女はアキじゃない。本当の名前と、家族と、思い出があって。そこに戻るべきで。
このまま黙っていれば、ひょっとするとずっとこの家に居てくれるかもしれない。今みたいにずっとずっと、居心地の良い食卓に二人でつけていれるかもしれない……。
――僕は最低だ。こんな事を考えてしまう自分を罵って、殴りつけてやりたかった。
本当に今の生活が幸せのわけがないじゃないか。
彼女が、表面上は平気なふりをして隠していても、時々不安で押しつぶされそうになっているのを僕は気付いているはずじゃないか。
どうするべきか考えるまでもなかった。
だから、明日。僕は。