30分ほど電車に揺られてから教えられた駅で降りる。道に迷わないか心配だったけれど、思ったより簡単にその家は見つかった。なるほど、大きい。
インターホンを押そうとした手がじっとりと汗をかいてしまっているのに気付いた。早く押してしまおう、そして『この家』を出て行った少女と僕に何の関係もない事をさっさと確かめて、家に帰ってアキとのんびりと昼食を食べればいい。
躊躇っていた指を無理矢理に押し出して、無機質なありふりれた電子音が鼓膜に響いた。早く誰か出てくれ、いや、やっぱり出るな、いや、でも――
『……はい?』
機械越しに男の声が出てくる。不機嫌そうな声だった。
今引き返せば、悪戯という事で済むんじゃないだろうか。一瞬そう思った自分を恥じながら、この家の娘がいなくなったと知人に聞いた事、それと同じような人物をたまたま見かけた事を簡潔に話した。見かけたというわけではないけれど、人違いだった場合にややこしくなるので深く話をするつもりはなかった。
できれば確認をしたいので、写真があれば見せて頂けませんか。そう言う僕を男は機械の奥で怪しんでいるように沈黙したが、
『ちょっと待ってろ』
ぷつんと通信が途切れて、代わりに家の中から足音が聞こえてきた。僕は背筋を伸ばして出来るだけ落ち着きを保てるように自分に言い聞かせる。
玄関のきわめて日本的な引き戸から出てきた男は、僕より2つか3つ年上のように見えた。銀縁眼鏡の奥にある瞳が品定めでもするかのように僕を見る。少女の家族か何かだろうか。
「ほら、こいつだよ。迷惑ばっかかけやがって」
男が悪態をつきながらこちらに一枚の写真を手渡してくる。あまり心配している風には見えなかった。
吸い込まれるように僕はその写真を見て、
「……明日、また来るかもしれません」
「は?ちょっとアンタ――」
掠れた声でそれだけ言ってその場を後にする。後ろから男が呼び止めようとするが、頭の中がまっしろになって、これ以上何も考えたくなかった。
写真を返すのも忘れていた。今よりもう少し幼いアキが、あの家の玄関の前に立って、不機嫌そうに家族と写っている写真だった。